朱鷺と「古事記と日本書紀」

ラブずっきゅんが頭の中でリフレイン中。

読んだ。

図説 地図とあらすじでわかる!古事記と日本書紀 (青春新書INTELLIGENCE)

図説 地図とあらすじでわかる!古事記と日本書紀 (青春新書INTELLIGENCE)

軽く読み流す。
いろいろ細かい解釈上のエクスキューズがついた。
底が浅いと言うか。
でも、日本書紀の知識は欠落しているので、この本の鵜呑み。


 野生放鳥した朱鷺に餌付けをしましょうという話が持ち上がっているらしい。「寒くてえさがないからかわいそうだ。」からとか、「えさのある福島や群馬に飛んで行ってしまう。」とか、そんな理由。人間が贖罪するように健全的に絶滅危惧種を繁殖させ、野生化(?)させようという壮大な生物学的な実験を行おうとしている矢先こういう話がでて、個人的に残念。
 試験放鳥のその先に据えた最終的な目的は、朱鷺が自力で野生繁殖することだろう。今はその道筋を模索し、逐次人間が整えていくため試行錯誤を繰り返しつつ、試験放鳥を行いデータを収集している段階と勝手に想像している。そういう科学の実験で思った結果が出ないからと言って、手心を加えてしまってはそれは実験でなくなる。えさを与えてしまったら、試験でなくなる。ただの放し飼い。
 仮に今から試験放鳥の鳥に餌付けしたところでも、今後、それなりの形で環境に順応するだろう。でもそれは野性性を自ら獲得せず、飼いならされた状態での順応であって、ゲージの屋根が取り払われただけに過ぎない。そんなことは実験しなくても結果が分かりきっていること。今は不確定要素のとりわけ大きい餌のない冬場を乗り切る様を知ることが大事であって、仮にこの試験が失敗したとしても、その後、今回の失敗のデータの蓄積のあるかなしかは第2回目以降で方法論を再構築する上で雲泥の差が出るだろうと勝手に思っている。
 また、朱鷺に限らず今回の件は、その後の第2、第3の朱鷺が現れた時、野生復帰の方法論を構築する上でのデータ収集でもあるだろう。そもそも朱鷺の野生復帰すらまだ実現していない。その道筋すら出来上がっていない状態で、なぜ、感情論によって本来の意図するところを遂げさせようとしないのか。理解に苦しむ。
 最後に朱鷺は新潟や佐渡の鳥ではない。新潟に縁がある鳥ではある。だから、発言する各人思い入れがあるのだろうが、本来、日本に広く生息していた鳥。えさを求めて他県に飛び去ったとしても、それはそれ。これはこれ。